【鎌倉殿の13人】大河ドラマゆかりの地に行ってみよう!~源平合戦編②~

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2022年NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で描かれている源平合戦は、日本全国で激闘が繰り広げられました。

東から西へ、北へと勢いは増し、ついに日本の武士の頂点となった源氏の軌跡やゆかりの地をご紹介します。

こんにちは!manaです。

前回に引き続き、源平合戦ゆかりの地をご紹介する第2弾です。前編を読んでから進むとより分かりやすいですよ。

大河ドラマでは、いよいよ菅田将暉さん演じる源義経が登場しますね。

今回ご紹介する場所は、義経が活躍した源平合戦ゆかりの地も多いので、最後までお楽しみくださいね!

源平合戦

源平合戦は、治承・寿永の乱ともいい、1180年から1185年までの国内での内乱を指しています。

前回は、以仁王もちひとおうの令旨を受けて源頼政が挙兵した1180年から、木曽義仲が10万の大軍に勝利した俱利伽羅峠の戦いまでをご紹介しました。

今回は、木曽義仲と源義経が戦った宇治川の戦いから、平家が滅亡した壇ノ浦の戦いまでをご紹介します。

宇治川の戦い(1184年)

俱利伽羅峠で大勝利を収めた木曽義仲は、源頼朝よりも早く入京を果たしました。

後白河法皇より「朝日将軍」の名を賜るも、京都市中で略奪や暴力などの狼藉の限りを尽くし、急速に評判を落としていきました。

源頼朝の命で義仲追討へと派遣された弟の範頼は、瀬田の唐橋を封鎖し義仲を京都に閉じ込めます。

宇治川で義仲と激闘を繰り広げ勝利した義経は京都に上洛し、北陸に逃げようとした義仲は範頼によって討ち取られました。

とても美しい女武者であり義仲の妾でもあった巴御前が、義仲の命により戦線離脱する前に、力持ちと名高い武将を馬から引きずり下ろし、首をねじ切ったというエピソードが有名です。

武将としても、一人の男性としても愛した義仲に対し、最後まで勇敢に戦い抜いた女武者としての矜持がうかがい知れるエピソードが素敵です。

名称:瀬田の唐橋
住所:滋賀県大津市唐橋町
URL:https://www.biwako-visitors.jp/spot/detail/23046/

一ノ谷の戦い(1184年)

源氏同士の戦いの裏で平氏は勢力を挽回し、一の谷に拠点を築いていました。

後白河法皇より平氏討伐と三種の神器奪還の命を受けた頼朝は、範頼と義経を派遣しました。

一ノ谷の戦いでは、義経の「鵯越ひよどりごええの逆落とし」と呼ばれる奇襲で大勝利となりました。

義経は、平家軍の背後にある断崖絶壁を、「鹿が通れるのだから、馬も通れる」と先陣を切って崖を駆け下りたと言われています。

背後から襲われると予想していなかった平氏軍は慌てふためき、船に逃げて大敗を喫しました。

義経の本陣が置かれたと伝えられる須磨寺には、義経の腰掛松や、熊谷直実と平敦盛像などが残されています。

名称:須磨寺
住所:兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4丁目6-8
URL:https://www.sumadera.or.jp/index.html

屋島の戦い(1185年)

一ノ谷の戦いで大軍を失った平氏は、屋島に本拠地を置き、瀬戸内海の制海権を抑えていました。

摂津国渡辺から4時間という猛スピードで阿波国へ到着した源義経は、陸路で屋島に急襲しました。

海上戦を得意としていた平氏は、陸から進軍してきた義経軍になすすべなく、内裏を捨てて海上へと逃げ出すこととなりました。

屋島の戦いでは、「那須与一の扇の的」というエピソードが知られています。

平安後期の戦には作法があり、敵味方関係なく休憩タイムにはイベントのような催しもありました。

平氏軍より女性が乗った小舟が両軍の間に進み、竿の先の扇の矢を射るように挑発された源氏軍は、弓の名手である那須与一に命運を預けます。

「的を外したら自害する」と覚悟を決めて放った矢は見事命中し、平氏も源氏も感嘆しどよめいたと言われています。

名称:屋島
住所:香川県高松市

壇ノ浦の戦い(1185年)

源平合戦最後の地であり、平家滅亡の地として知られる壇ノ浦は、山口県と福岡県の境にある関門海峡にあります。

屋島の戦いで敗れた平氏は、壇ノ浦で源氏軍を迎え撃ち、始めは海上戦を得意とする平氏が優勢でした。

しかし、文字通り潮の流れが変わり、あっという間に源氏優勢となり勝敗は決しました。

当時満6歳だった安徳天皇は、祖母であり清盛の妻である二位尼に抱えられ入水し、続いて平氏一門が次々と入水していき、ここに平氏は滅亡しました。

共に入水した安徳天皇の母で清盛の娘である建礼門院は源氏により引き上げられ、後に出家しました。

共に入水した三種の神器のうち、八咫鏡やたのかがみ八尺瓊勾玉やさかにのまがたまは引き上げられ、草薙剣くさなぎのつるぎはそのまま沈み見つからなかったと伝えられています。

赤間神宮には幼くして崩御した安徳天皇を祀っています。

名称:赤間神宮
住所:山口県下関市阿弥陀寺町4-1
URL:http://www.tiki.ne.jp/~akama-jingu/

まとめ

2回に渡って源平合戦のゆかりの地をご紹介してきましたがいかがでしたか。

どこまで史実かは分からないですが、戦いごとにエピソードがあってロマンを感じさせますよね。

壇ノ浦の戦いで幕を閉じた源平合戦を境に、鎌倉時代への新しい時代へ突入していきます。

それぞれの時代に人々が生き、一人ひとりに人生という物語があり、悲喜こもごもの物語が折り重なって今があります。

だからこそ、歴史という壮大なストーリーに心惹かれるのかもしれませんね。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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